目次
はじめに
被相続人の死亡を金融機関に連絡すると、その口座は金融機関によって凍結されます。そして、共同相続人全員の合意がない限り、遺産分割が終了してその預貯金債権の帰属先が決まるまで、払戻しはできなくなり(入金もできません。)、葬儀費用や相続税の支払いや、被相続人が扶養していた相続人の生活費、医療費等の支払いに支障をきたすことがあります。そこで、遺産分割前に被相続人の預貯金を払戻す制度ないし手続が用意されています。具体的には、①預貯金債権の払戻し制度(民法第909条の2)と②預貯金の仮分割の制度(家事事件手続法200条3項)です。
遺産分割前における預貯金の払戻し制度
制度の概要
この制度は、相続人が、遺産分割前に、裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使できるとするものです。ポイントは、裁判所の判断が不要であり金融機関の判断によって払戻しがされるものであること、各相続人が単独で払戻しを受けることができること、払戻しができる金額が限定されていることです。そして、払戻しができる金額は、(相続開始時の預貯金額)×3分の1×(払戻しを求める共同相続人の法定相続分)です。同じ金融機関における預金であっても、普通預金と定期預金というように預金の種類が異なる場合でも、それぞれについて払戻しを受けることができます。ただし、払戻額は、1つの金融機関あたり150万円が上限とされています(平成30年法務省令第29号)。具体的な計算例は以下のとおりです。
このように、この制度によって払戻しを受けることができる金額は比較的少額であることから、少額の資金需要に対応するためのものであると考えられています。また、この制度を利用すると相続放棄ができなくなりますから、相続放棄を検討している場合にはこの制度は利用しないようにしてください。
払い戻し額が具体的相続分を超えてしまった場合
預貯金の払戻しを受けた場合、遺産の一部を遺産分割前に分割したものとして扱われます(同条後段)。もし、相続人が受けた払戻し額が、その相続人の具体的相続分の範囲内であれば問題はないのですが、特別受益等によりその具体的相続分を超えてしまった場合には、後で精算する必要が生じます。この点に関しては、超過分について返還義務のない超過特別受益と異なりますので注意が必要です。
手続きに必要な書類
金融機関によって異なると思われますが、被相続人が死亡した事実、相続人の範囲や相続分が分かる資料、本人確認資料などが必要になってくるでしょう。具体的には、被相続人の除籍謄本、出生から死亡までの戸籍謄本又は全部事項証明書、相続人全員の戸籍謄本又は全部事項証明書などが必要になってくると思われます。預貯金口座がある金融機関にお問い合わせください。
預貯金仮分割の仮処分
手続の概要
預貯金仮分割の仮処分は裁判所の判断を経る必要がある手続で、裁判所に対して仮処分の申立てをする必要があります。平成30年相続法改正前から、裁判所に対して遺産分割の仮処分の申立てをすることは可能だったのですが、要件が厳しく、利用しにくいものでした。そこで、平成30年民法改正によって、その要件が緩和されました。この手続は、前述した預貯金の払戻しだけでは足りないという場合、すなわち、比較的大口の資金需要がある場合に利用されることが想定されています。
要件
そして、仮処分が認められるための要件は①遺産分割の調停又は審判の本案が、家庭裁判所に係属していること(本案係属要件)、②遺産に属する預貯金債権を行使する必要があること(権利行使の必要性)及び③他の共同相続人の利益を害しないこと(権利行使の相当性)です。
まず、①についてですが、預貯金仮分割の仮処分を申し立てるためには、先に遺産分割調停や審判の申立てをする必要があり、この仮処分だけを単独で申し立てることはできません。
次に、②についてですが、生活費に必要であるとか、被相続人に多額の債務があることなどを主張していくことになります。また、前述した預貯金の払戻制度が利用できる場合にはこの必要性は原則として否定されます。
最後になりますが、一番難しいのは③の要件であると思われます。すなわち、預貯金の仮分割がなされた場合、他の共同相続人がその具体的相続分に相当する財産を取得できなくなってしまう場合には、仮分割の仮処分は認められません。原則として、仮分割を受けることができる預貯金額は法定相続分の範囲内ということになるでしょうが、申立てをした者に特別受益がある場合には、その額は限定される可能性があります。
最後に
遺産分割前における預貯金の払戻しに関する2つの制度について説明いたしました。遺産分割前に、遺産である預貯金を払戻す必要があるという事情がある方は、お気軽にご相談ください。