被相続人の死亡により相続人の1人が生命保険金を受け取った場合、それが特別受益にあたり、持戻しの対象になるかが問題となることがあります。この点についてですが、特定の相続人を受取人とする生命保険金は、受取人固有の財産であって相続財産にあたりません。したがって、相続人による生命保険金の受領は「遺贈」や「贈与」にあたらないため、特別受益にもあたらず持戻しの対象とならないのが原則です。もっとも、判例は、受取人と他の相続人との間の不公平が著しいと評価できる特段の事情がある場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となることがありうることを認めています(最二小決平成16年10月29日(民集58巻7号1979頁))。多少の不公平では足りず、不公平が「著しい」場合に特別受益に準じて扱うということです。そして、不公平が「著しい」といえるかは、①保険金の額、②保険金の額の遺産の総額に対する比率、③被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、④各相続人の生活実態等を判断要素として挙げています。また、これらの判断要素は例示と考えられていますので、⑤その他の要素が考慮されることがあります。

保険金額が高額ではなく、一般的に受け取るような保険金額の範囲内であれば不公平が「著しい」とはいえないと判断される可能性があります。それでは、一般的に受け取るような保険金額とはどれくらいかですが、裁判例の中にはその判断に際して生命保険金額の平均額を参照して、2100万円をさほど高額でないと判断したものがあります(広島高裁令和4年2月25日決定)。

この比率が5割や6割を超えるかが目安と言われることもありますが、5割未満でも特別受益該当性を肯定した裁判例もありますし(東京地判平成31年2月7日等)、保険金額が遺産の総額に対して約2.7倍に達していた場合でも特別受益該当性を否定した裁判例もあります(前掲広島高裁令和4年2月25日決定)。したがって、この要素だけでは不公平が「著しい」かの判断できません。もっとも、②の比率は、①の保険金額と共に数値化できる客観的指標として重要です。実際、ある調停委員の方から、生命保険金の特別受益該当性の判断に際しては、まずは①と②を見るという話を聞いたことがあります。

裁判例をみると、例示された同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いの他に同居期間や婚姻期間、身分関係などが考慮されています。同居期間や婚姻期間は長いほど、同居者や配偶者に有利になります。例えば、保険金受取人が被相続人の後妻であり、先妻の子との間で後妻が受け取った保険金の特別受益該当性が問題となった事案では、被相続人と妻との婚姻期間は3年5か月程度と短かったことを考慮して、特別受益該当性を肯定しています(名古屋高裁平成18年3月27日家庭裁判月報58巻10号66頁)。他方、前掲の広島高裁令和4年2月25日決定においては、被相続人と保険金受取人である妻の婚姻期間が20年、婚姻前の同居期間が約30年と、長かったことを考慮して特別受益該当性を否定しています。

 また、身分関係についてですが、多くの裁判例は配偶者と子あるいは子同士の相続争いです。しかし、前掲広島高裁令和4年2月25日決定は、配偶者と直系尊属(嫁と姑)との間の相続争いでした。配偶者と子あるいは子同士の場合、親族関係において被相続人と同程度の「近さ」といえるのではないでしょうか。他方、配偶者と直系尊属あるいは兄弟姉妹の場合、一般的に配偶者の方がこれらの者より被相続人に近いといえ、配偶者による生命保険金の受取りは特別受益に該当しにくくなると思われます。もっとも、形式的な身分関係のみで被相続人との近さを測ることはないでしょう。実際、前掲の裁判例においても、前述したように、同居期間や婚姻関係の長さといった被相続人と受取人との実質的な関係(「近さ」)も考慮していますので、身分関係は被相続人との「近さ」を推認させる要素として働くのではないでしょうか。

ここでは、各共同相続人の資産・収入などの経済的要素や生活保障的要素が考慮されます。すなわち、相続人の中に経済的に困窮している者がいる場合、その者をおいて受取人が生命保険金を受け取るのは不公平が著しいと判断される方向に働きます。他方、経済的に困窮している者が受取人とされた場合には、不公平が著しくないと判断される方向に働きます。

その他の要素としては、保険料の支払方法も考慮されたりしています。すなわち、特別受益にあたるかどうかは、遺産の前渡しと評価できるかが基準となるとされていますが、保険料の一括払いならば遺産の前渡しと評価しやすく、特別受益該当性を肯定する方向に働きます。他方、少額の保険料を長期間にわたって支払っていたような場合には、遺産の前渡しとは評価しにくく特別受益該当性を否定する方向に働くでしょう。

 また、共同相続人が、問題となっている保険金の他に贈与や他の保険金を受け取っていた場合、その額も考慮して不公平が著しいかが判断されます。

このように、裁判所は様々な要素を考慮して生命保険金の特別受益該当性を判断しており、ケースバイケースの判断となっています。もっとも、これまでの裁判例の傾向を分析して、ある程度裁判所の判断を予測することも可能ですから、気になる場合には弁護士に相談するとよいでしょう。

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